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Cookbook

子供の頃は朝起きると楽しくてたまらなかった。
喜びがあり、興奮と期待感が甘いクリームのようにたっぷりとかかっていた。
一日は大きなケーキみたいで、食べ終えると次の日もまた次の日もそれが用意してあるのだった。

いやな朝もあった。
そういうとき、目を覚ます前から私は何かを思いだしていた。
記憶はくすぶり始めて、ぼんやりした狼煙のように薄い煙をたなびかせた。
その考えが空気を満たし、私は子供の形をした曇り空になってしまう。
知らない土地に旅をするような気分で、しかし歩くごとに自分の足が強くなる事もわかるのだった。

このごろ、朝起きて楽しいということはない。
しかも、歩くごとに足は衰えていく。
じっと煙のそばに立っている日も多くなった。
あの大きなケーキを思いだすけれど、考えるのはレシピのことだ。
その秘密の材料のことだ。

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木陰

公園の中を歩いていると、とても美しい場所が向こうに見えた。
広々とした芝生の一角に針葉樹を含む樹々が植えられており、瑞々しい葉をつけた枝が地面近くまで垂れ下がって、程よい明るさを持つ木陰ができているのだった。

そこに入ってみたいと思って足を向けると、樹林の入り口にある枝にベロンとカラスが止まった。カラスは明確にこちらを見ており、ボリュームを抑えたしわがれ声で3べん鳴いた。
そして落ち着かなげにモソモソしている。

私の中にとても小さな、しかし赤い色をした「!」が点灯した。
だがなぜか私はそれを無視して、カラスの横を通ると奥へ入ってしまった。
木漏れ日の下をゆっくりと歩いて景色をながめたが、長居できないような気がする。
振り返るとカラスは同じ枝の上から私を見ていた。
もう一度そいつの脇を通らないといけないのだ。
背後で、私の歩みに合わせて移動する翼の音が聞こえた。

元の道に戻ってみると看板が出ていた。
「この辺ではカラスに襲われる事があります」
そこに添えられたカラスのイラストは、何者かによって頭の部分が焼かれていた。絵の下にはカラスの巣を見つめたりしないようにといった注意書きが並べてある。
顔を上げてみると、先のカラスは何処にもいなかった。

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独立宣言後の世界

独立宣言後

私はいつも何かを考えているが、考えることは自分の輪郭をくっきりさせる効果がある。

朝眼を覚ますとすぐに考え始める。
その途端「私」と貼られた人形(ひとがた)が現れる。
世界は内と外に分かれ、内側ではあらゆることが始まる。

固有の領土、固有の意識、個人、個性。
国境を描き続け、自分以外が他者であると宣言する。
その前提で、他の国家と外交関係が結ばれる。
ウィッシュリストを交換し、条約を結ぶのであります。

身体の中に「私」はいない。
ただ混沌と考えがわき出しているだけだ。
なんだか不気味だ。そこには誰もいない。

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魔法の指

園芸が不得意

私は植物をうまく育てたことがない。
去年貰ったペチュニアの種が出てきたのでまいてみたところ、待てど暮らせど一向に芽吹かないのであります。それはモスバーガーで「モスの日」に配布されたもので、ヤシか何か植物性の剛毛で編まれた植木鉢に、土までセットされているという栽培キットなのでした。

植木鉢がむなしいので、次にグレープフルーツの種を埋めてみました。
レモンの種も埋めました。
しかし、音沙汰がないのであります。

去年のペチュニアは種が古くなっていたからとか、船便で届く外国産の果実には発芽防止の工夫がなされているからとか、芽が出ない理由を考えてみても何だか納得がいきません。

花も素早く枯れるのであります。
私は時折切り花を求めてきて、花瓶に入れておくのですが、いやに速く枯れる気がします。 朝は元気だったガーベラが帰宅してみると悉くぐなーんと項垂れていて、花弁がすぼまって箒のようになっているのを発見すると本当に萎えます。まだ3日と経たないのに、悪霊でもいるのでしょうか。あっ、いるな。いるよ。私でございます。

ガーベラを水に浸して茎を切り、放ってみると、睡蓮のように花がプカッと浮いて張りを失った花弁が広がり、見た目上は満開になったのでした。

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ノミ

オペラ男の歌声を聴いて私はクラウス・ノミのことを思い出しました。
クラウス・ノミは、80年代初頭にアルバムを出していたドイツ出身の歌手なのです。
初頭すぎて、私はリアルタイムで彼を捕まえられませんでした。

80年代は何が徒花で何がコンサバティブなのかよくわからない有様だったと思ったりするのですが、そんな中にあってさえノミの板塀みたいな髪の毛や、いま見ると時に片岡鶴太郎に似すぎて見える白塗りの顔はやっぱり幾分奇っ矯だったのかも。

見た目のことはオプションとして、その歌唱はまさにユニークなものでありました。
アルバムに入っている曲の多くは先人のカヴァーであったり、オペラの曲であったりするようですが、80年代ポップスのアレンジにのせて炸裂するクラシカルな歌声にはいつも不意をつかれたような気がして、けれん味以上の単にすばらしいものを感じてやまないのであります。

アルバム2枚を残して死んでしまったクラウス・ノミでしたが、何年か前に伝記映画が出来ていたのだそうです。その縁起により改めて彼の音楽に触れたひともいたわけで、それはたいへん結構な話だと思うのであります。

Youtubeをのぞくと昔日のPVからライヴ映像まであったりして、それを眺めておりますと時折はっとして、漠然と神々しいものをかいま見たような、なにか自分には触れられぬものの気配を聞いたような気がいたし、それはもしかしたら人の魂と云うものかもしれないと考えるのでありました。

Nomi Song:これは愉快ですね。
http://www.youtube.com/watch?v=uKYpepxGkyY

The Cold Song:生オーケストラでバロックオペラを歌う。この半年後に逝去。
http://www.youtube.com/watch?v=C_A6IR58Htg

Samson and Delilah:世にも美しいD級スペースオペラ、という感じの映像。
http://www.youtube.com/watch?v=kQeWvFPb5zA&NR=1

| 音楽 | 23:09 | comments(2) | trackbacks(0) | TOP↑

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今この瞬間脳内にあるものをコピペ

パンゲア大陸

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| つぶやき | 13:29 | comments(2) | trackbacks(0) | TOP↑

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何処へ

080430

グュールデンウャーク(Golden week)ですね。呼称は何でもいいです。
折角の休日。なのに洗濯物を干し終えたらYouTubeで他人のインコ三昧であり、次に気がつくと心霊写真三昧という体たらくであります。一体どこから繋がった道なのでしょうか。インコと心霊写真は繋がっているのです。しかも久しぶりに心霊写真を見たらえらく怖いものに当たってしまい、散々で、気を紛らわすためにいろんなblogを見て歩いているとそこら辺にまたYouTubeへのリンクがあって、今度はえらく地味なおっさんがオペラを歌っているという、TV番組の映像なのです。

去年に評判だった動画だそうですが、私は初めて見ました。

冴えない男の才能(日本語字幕付き)
http://www.youtube.com/watch?v=0HYHKlcDsZI

英国の素人参加オーディション番組なんですね。
職業は携帯電話のセールスマンという中年になりかけの太った男が出てきて、何の愛想も無く「オペラ歌います」って言う。審査員はやれやれ…みたいな表情なんだけど、そのあと凄いことが起きる。

この人。
子供の頃から歌が好きで、イタリアでオペラを学んだもののプロにはなれず、生活のための仕事をしながら無給で地元の劇団に出ていたという、この時点で本物の歌手なんです。でも無名だった。それがこの番組に出て大人気になっちゃった。酔わせるような気持ちいいギャップとファンタジー、そういう勝手なヴィジョンを私は見たのですけど、他の人もそうなのでしょうか。この映像にあるマジックの一つはそこに源泉があると思います。

だけど歌い終わったあとの彼の顔を見ていると、今この人が触れているものに私も触れたいという猛烈な渇望を感じるのであります。
それはいかなる他者も与えられないものなのでありましょう。

ちなみにこの人。
このあとCDデビューを果たし、いま来日しているみたいなんです。
昨日と今日がコンサートだったんだって。ぶんか村で!

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何処へ

080429

「アルケミスト」
パウロ・コエーリョ著 角川文庫

この表紙の絵に見覚えがありました。
いつ見たのでしょう。これは、読んだことのない本なのであります。
ブラジル人の書いた小説で、宝物を探しにいく少年の物語だと云います。
私はあまり小説を読みません。しかし時たま唐突に、これという本が出てきます。
過去にその「前兆」が来たのは、アマール・アブダルハミードの「月」、カミロ・ホセ・セラの「二人の死者のためのマズルカ」を読んだときです。私は「アルケミスト」にも似た前兆を感じ、小さな文庫の本を買い求めたのであります。

半日ぐらいで読み終えました。
とても簡単な物語で、少年は宝物を探しにいくのです。
というか、自らの得た前兆を行動によって全うする決意をするのです。
「仕事を捨てて夢を追いかける話」と書いたらたぶん不正解です。
そこは本質じゃないのだと思います。
この少年はそして、本当は少年ではなく大人のような気がします。

物語は本を開いてみなければわかりません。
読み終えるとそれはほどけて、言葉も名前もすべての象徴も分解してしまいます。
その時、物語が何で出来ていたかがわかるのです。

物語の最終盤、193ページから以降の展開を私は全部知っていました。
知っているからには読んだことがあるはずなのですが。
それがいつだったか、少しも思い出せません。

| いろいろ | 22:38 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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いわゆる日記

強い印象を得ると、頭の中では過去のデータを検索し始める。
以前に見たとか、知っている何かと照らし合わせようとする。
当てはめるべき定義を探している。
そのせいなのか、何を見てもノスタルジックだ。

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福田やすおです。

ふくだ内閣メールマガジンは、発行に莫大な税金が使われているのに内容は愚痴やボヤキばかりであり、道義的にいかがなものかという大衆紙の記事があります。

私はと申しますと、

  1. メルマガの原稿を秘書に口述しながら、ボヤキのあと片目をつむってみせる福田やすおを強く想像。
  2. 句読点「。」を全部「w」で脳内置換。「ねじれ国会w 福田やすおですw」
    「私は、いかなる課題についても、野党の皆さんと話し合う用意がありますw」

こういう感じで乗り切っています。どっちかというと1がお気に入りです。
ふくだメルマガをhtmlメールにする計画があるそうで、実施の暁にはリテラシー低いと一斉に言われるのでしょうけど、無駄なデコメールになったふくだメルマガに私は期待しています。ピンクの地になんかキラキラしてほしい。わけもなくリラックマとかいてほしいです。似顔絵もいっぱいで。

| いろいろ | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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虻のホバー 蝉の亡骸

蝉

虻が宙に浮く春の日。近所で蝉が死んでいるのであります。

間違った季節に蝉が出てくるということはあるんでしょうか?
何かが変だと告げるのは本能ばかりで、それを黙殺するのも本能であり、プログラムの裏で悲鳴を上げるかすかな洞察さえも彼らにはないのでありましょうか。樹液の味はよろこびを与えず、何も起こらないことに希望とも絶望とも名を付けないのでしょうか。

そうだとして何になりましょうや。
今やすべては過去になり、残るのは解体を待つ実在だけなのであります。

| いろいろ | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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俺とおまえに分かれる世界

なんとかみんぞく至上主義っちゅうのは、「この民族に生まれただけで俺最高」という、俳句の書式にまとまるきわめてコンパクトな、かつ絶対的な価値観なのだと想像しておりました。

一方そのフォロワーたちが、「この民族」じゃない奴らを見いだし続け、俺みたいに最高じゃない奴らを定義し続けているように見えることがあります。「この民族」に生まれただけで最高なら、それですべては完了じゃないんだろうか。「この民族」じゃない奴らを低いところに置いたら自分の高みが自覚できるのだろうか。実はすごく相対的な価値観なのでしょうかね。

だけど「この民族」っていう分類・条件付けが「俺最高」を成立させた瞬間、これじゃない分類・これを成立させない条件も同時に誕生して、「俺最高」の境界線を描いてくれるようになったのかもしれない。だったら「この民族に生まれただけで最高の俺」と同時に、「この民族に生まれていない最高じゃない誰か」を見つけることで、やっと「俺最高」は成立するのかもしれないなぁ。

| 寝言・妄言 | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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ふたたび公園

きょう公園の池では、岩という岩の上に亀が乗っていました。
彼らは日差しを浴びながら、暑い砂漠のトカゲみたいに片側の手と足を宙に持ち上げています。ある亀などは女の拳程度に水から突き出た岩の上で、両足をそろえて真っすぐ後ろにのばし、まるで飛行しているような格好になっているのでありました。

鴨の群れに混じって一羽だけ鵜みたいなのがいます。その鳥は繰り返し繰り返し潜って、水の中を全力疾走しているのであります。その速いこと、泳ぎの滑らかさを見ると、空を飛ぶことも出来る生き物とはとても思われない。けれどもとなりの池にいる空中戦艦のような鯉の他は、魚が少しもいないのであります。鵜はもぐり続けて、ついにはその姿がまるで見えなくなり、ただ水面が激しくうねっているばかりになりました。

飛行する亀の両手はそっと水に浸されており、冷たい液状の世界と連絡を保っています。鵜は空腹のまま亀のいない岩の上にあがると、翼をめいっぱい広げました。暗く鮮やかな紺色の生き物なのであります。翼は茶色く、すっかり濡れた羽毛はウロコのように見えます。細長い首をもたげている姿はドラゴンの類いみたいで、その偉容にひかれて人類が集まってくると、鵜は気まずくなって再び水面へ飛び降りてしまうのでした。

| いろいろ | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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公園

天気のいい日に、それを横目で眺めつつ洞窟のような自宅に籠ったままでいるのもまたオツな味。しかし本日はフラフラとさまよい出たのであります。
公園に行きました。木が生えています。
そして、池もあります。

池をのぞくと赤金色の鯉がいて、沈むでなく浮くでもなく、水の半ばに凝っと止まったまま、あるかなきかに胸びれを動かしているのであります。水は澄んでいて、鯉が空中に止まっている飛行船のように見えます。瞑想的な空中戦艦のようです。水と鯉との境界線は鋭く鮮やかで、鯉は明確に自分の世界を保ったまま、それを持ち運んで行くのであります。

この池には以前、有り余るほどの亀がいました。天気のいい日には皆で折り重なって、岩の上で文字通りの甲羅干しをしておったのです。
その亀の姿が今は見えません。彼らは池からあがって、土にもぐっているのでしょうか。そして死んだのでしょうか。

しかしよく水中を観察すると、たくさん置かれた丸い石に混じって、明らかに「これは亀だろ?」という存在があるのです。頭や手足が半端にはみ出ています。よく探すと他にも同様の存在があり、どの亀も半端に手足を出したまま、身じろぎもせず沈んでいます。亀の肺が二酸化炭素でいっぱいになってしまうまで、どれくらいかかるんでしょう。彼らの呼吸はとても遅いのかもしれません。

鳩がそこらじゅうで逸っております。
二羽で一組になり、一方がドゥルッドゥルッと言うんです。
コの字型に並んだベンチに老人たちが腰掛けていました。
その中央で、まさしく一羽の鳩がもう一羽の背に足をかけたところでした。
私と目が合って鳩はぎこちなくなりました。老人たちは皆背を向けて座っているので、自分たちの真ん中で何が起きているか気づいていません。

| いろいろ | 16:49 | comments(1) | trackbacks(0) | TOP↑

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にちかん戦

テレビで蹴球の国際試合を見ました。
相手チームの衣装が、シャツもパンツも靴下も、目にしみるアグレッシブなピンク色。
ピンクの人が次々と寄ってくる。しかもよく見ると、何気にボディフィットな素材感。

解説は金田喜稔氏で、進捗状況のご説明がまるでラジオ中継のように明瞭な言葉で並べられるのであります。しかし、場面が山場を迎えるとその言語体系は突如崩落して、文字に置き換えられない音波の連続に変わってしまいます。
あえて文字にすれば「んにぇああぁーい!」とか「ゅええいいいいっし!!!」とかいう感じ。感嘆はノンバーバルなコミュニケーションなのであります。

| 蹴球 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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