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訃報

二ヶ月半が経ち、災害の現場からぽつりと訃報が届いて参ります。

我々はどこから来てどこへ行くのか?などと、ゴーギャンの絵の題名みたいなことは未だ考えも及ばず、ただ、なぜ人間は死んでしまうのかと思いあぐねて精一杯です。かつて幼かった頃、親戚などのお葬式に出て悲しいと感じたことはありませんでした。死が遠かったのだと思います。いま、もう少し死というものが生々しくなったかもしれない。そしてそれは恐らく悲しい。悲しいと云うより痛く寂しいもののように感ずるのです。死は不可逆的で復旧のきかない完全な分断のように思えます。

人々が分断に際して痛み苦しむのは、残されるのが常に生者で、そこに生き生きと働く感性があるからでしょう。痛みも悲しみも、喜びも憎しみも、みな生者だけのものであります。それは素晴らしく、かつ寂しいことなのです。

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