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なぞらえの魔力

で、前のエントリーは全く原形を留めない妄想ストーリーでありますが、テレビなどで「誰にでも分かり易く」と政治経済ニュースを身近な出来事になぞらえて説明したりするじゃないですか。例えば国際問題をご近所トラブルにとか、日常よくありそうな架空の物語に置き換えたりして解説しますよね。

複雑な物事の複雑さを一度取っ払い、基本構造をあらわにしてこれを理解させる。なぞらえによる話の矮小化はたぶんそういう手法なのでして、最終的には本題に戻ってそれ特有の要素を考慮しつつ、その理解に至るという目的を達するためのステップに過ぎません。

なのに私の場合、脳に入っちゃうのはいつもなぞらえストーリー。味付けとしての舞台設定や登場人物ばかりが頭に残る、まったく忸怩でありますよ。なぞらえストーリーは構造が似てはいても、あくまでも違う話なのであります。それは本題じゃない。が、その類似性によって両者の本質は同一だと脳が判断する時、じゃあデータ量が少ない方を覚えとこうかという選択が起きてしまうのであります。しかし本当に両者の本質は同一なんだろうか。

理解のための簡略化とはまた違うなぞらえ方もあるのです。
例えば本題といろいろな類似性のある、世の中に良く知られた出来事を引いてくる。この場合本題よりも大規模で複雑な参照データが登場する事も珍しくありません。そしてその類似性から両者の本質は同一だと宣言し(別に証明しなくて良い)、有名な出来事を通して本題の本質を理解するのであります。

これが「ごきぶりが全滅すればいいというあなたの考え方は、ヒットラーのユダヤ人絶滅計画と同じものですよ」と言ったりしたらこれは事故レベルで、すなわちこじつけということになります。しかしこれほど極端な差のない、似たようでいて実のところ本質を違える、それも歴史的権威のある話なんかを「本題と同じものだ」と宣言しながら並べ置くとどうでありましょうか。あとから出てきた参照データの本質が本題の持っていたそれを乗っ取る事態が起きるかもしれない。

賢い人はこれを上手く使いもするし、見抜きもするんだろう。私は阿呆だから少し慎重になるべきなのだ、たとえ話となぞらえには。それは参照データで、本題じゃない。

| いろいろ | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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