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the eight greater hells

ヘル

最初から説明するよ。
少し前のヤッフーニュースに「タイのサグラダ・ファミリア」と渾名される寺の話題がでていました。本来のサグラダ・ファミリアはスペインにあり、特異な外観を持つキリスト教会で、更には、19世紀末に着工して未だ出来ず。あと何百年か建築が続くといわれる超長期事業なのであります。

「○○のサグラダ・ファミリア」という表現は、私の耳にはですが、ある個人の想念を連綿と積み上げた奇っ怪美麗なるケイオティックな体系という響きがあり、物質化していなくてもかまいません。人と話していると、その人の考え方や感じ取り方が、その頭上に特異な外観を持つ大伽藍を構築しつつあるという妄想がわくときがあります。この人はサグラダ・ファミリア持ちだなと思うのであります。

タイの寺は、宗教建築であるという点、そしてデコラティブである点でどことなくサグラダ・ファミリアでした。木造ですが、30年近く作り続けているそうです。
ヤッフーからは、それについて詳しく書いたblogがありとリンクが張られていて、飛んでみると「タイの地獄寺特集」というリストのあるページにつきました。いや、リストの下には確かに「タイのサグラダ・ファミリア」に関する記事が出ていたはずです。しかし私は地獄寺のリストに邁進してしまいました。

地獄寺とは境内に地獄の様相を描いた展示物を置いている寺のことでした。タイの寺にままある様式らしく、多くは等身大程度のコンクリート像によって刑罰の様子を表現しています。内容は非常に残虐で造形はやや稚拙、極彩色の立体的な殴り書きとでもいうものすごい光景なのです。残虐性と造形的な稚拙さとのマリアージュによって、洗練された表現には絶対に見られないむき出しの暴力性がうまれ、それは熱帯の日差しのように激しく燃えながら放射されているのであります。

地獄では何が行われるのでしょうか?
私は地獄に興味を持ちグッグルに尋ねました。八大地獄というアイデアがあり、罪が重くなるほどより下層の、より強い地獄に行く。その度ごとに刑罰の残虐さと刑期の長さは大胆に加速し、想像力の限りを尽くし、ついにはその埒外に飛び出して、目眩のするようなインフレの極北をさらけ出すのであります。 八大地獄の最下層に位置するのは阿鼻(無間)地獄という。ここに落ちてくるまで、二千年間の自由落下を経なければならない。十六個のサブ地獄があり、そのひとつ「星鬘処(せいまんじょ)」についてWikipediaはこう描写している。「正方形の地獄の、二つの角に大きな苦しみがある」。シュールレアリスム。それは美しい詩だ。

| いろいろ | 22:11 | comments(8) | trackbacks(0) | TOP↑

COMMENT

Wikipediaはじめました。
かの百科事典のページの隅に書きなぐられた呪文めいたうわごとに、それはOzizoの犯行との情報があったらそれは私です。

それにしても、各ページタイトルの単語1つについて延々と語られる薀蓄の凄まじさには呆れるばかりです。海外はおろか果ては宇宙のあれこれに至るまで、まるで見てきたかのように書かれているのであります。阿鼻地獄ももちろん見てきた者が書いたのでありましょう。

| おじぞー | 2009/02/17 13:10 | URL | ≫ EDIT

きのう中川昭一のページを見たんですが、趣味の一つは水鉄砲とあり、続いて「水鉄砲には酒を入れる[要出典]」と書いてありました。
時おりアンサイクロペディアよりヒューモラスなWikipedia。「この記事には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります」という記述もなぜかそこはかとなく可笑しい。

Ozizo(オジーゾ,マウリツィオ)の出没エリアはやはり計算機関係ですか。
いいですねぇ。

| ぺり公 | 2009/02/18 21:28 | URL | ≫ EDIT

あれ…
前回コメントしたのって何時だったでせうか(笑)?

地獄寺ですか。何とも恐ろしく、でもそこはかとなく好奇心をそそろられるものですね。
しかしダンテとかもそうなのかもしれませんが、妄想を妄想のまま行動に移すと変質者もしくは社会の敵一直線ですが、妄想を絵画などに昇華することができれば偉大な芸術家として名前を残せるのかもとか考えると、問題にならないはけ口を見つけるということは生きるうえで非常に大切なことなのかもという気がしました。

想像力の極限までを振り絞って地獄を想像するというのもある種の地獄というか拷問のような気もいたしますが、それは地べたから空を舞う鳥を見上げるかのような凡人の発想なのでせうか。

| 川の果て | 2009/02/19 12:59 | URL | ≫ EDIT

川の果てさん、ずいぶんお久しぶりです。
それこそ2,000年ぐらい経ってると思います(体感時間)。

想像力が拾い上げたものを物質の界隈に引きずり出すのが人の仕事なのか、と考えたりするのですが、うまくやるためには冷静さと知性が必要だろうし、妄想一直線だとつらいのかもしれません。
妄想を芸術に昇華できるだけの冷静さがある人は、どっちかっていうと犯罪者になりにくいのかも。

地獄で気になることは、鬼ですね。
永劫のあいだ休みなく拷問を続けるなんて、仕事だったらやってられません。
彼らはすごく気高いボランティアか、自然の法則みたいなシステムの一環にすぎないのか、どちらかだと思うのです。

| ぺり公 | 2009/02/19 20:29 | URL | ≫ EDIT

先日歯医者さんで、そこでしか読んだ事が無いセレブ系旅雑誌を見ていましたら、ちまたの地獄好きの間では「まじやばい」と評判の伊豆の日金山の東光寺のレポートが有りました。
なんか霊場しちゃった!みたいな軽妙で乱暴なキャプション三行程で地獄レポ。がくっ
ペリ公さんもいっぺん地獄に堕ちてみてください。日金山の東光寺お薦めです。

| ぢ | 2009/02/27 12:56 | URL | ≫ EDIT

日金山の東光寺、検索してみたら、苔むした石仏の並ぶモノトーンの光景が出てきたんですが、これかしら…。
この場所で正しければ、その記者3行で逃げ出してるんじゃないすかね。
沈黙の地獄、居心地が悪くなるような地蔵の笑顔、なんかメンタルにじわじわ来ます。
セレブが霊場しちゃうどころじゃないですよ。

| ぺり公 | 2009/03/02 21:38 | URL | ≫ EDIT

ひなびた観光地みたいですが、山道に小さく道標があって「地獄2丁目…」とか(たしか)描いてあって、それに沿って上っていくと地獄入りが出来ます。
石像をバチバチ撮っておったら全員のカメラが動か無くなってしまい、帰るまでちょっと会話が減りました。こえーですね。
風雲文庫もついでにどうぞ。

| ぢ | 2009/03/03 14:04 | URL | ≫ EDIT

地獄から生還してたのですね。
話を聞くだに、霊場というより別枠の霊スッポトのように思えてなりません。

風雲文庫もウェッブから偵察してきました。
燦たり輝くハーケンクロイツじゃないですか。
上記の地獄と比べると、静と動ですね。こっちもまた別の意味で脅威ですけども、熱く偏向する人間の情念があり、わかりやすいというか、なんというか。

| ぺり公 | 2009/03/04 22:54 | URL | ≫ EDIT















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